「レネ、レネ!暗くなるよ!早く帰っておいで!」

柔らかいオレンジの明かりが呼んでいる。
レネと呼ばれた少女は、軽やかに丘を駆け登って行った。

明かりのともった戸口に立っているのは、年の離れた姉だった。

「ユマ!ただいま!」

裸足で飛びついて来た小さな少女を抱きとめて、美しい姉は青い瞳を細めた。

「見て、これ!」

姉のお腹から顔を離して、少女は左手に握った草の束を差し出した。

「ありがとう。香草を取って来てくれたのね。」
姉が受け取ると、幼い少女はキラキラと笑って家の中に駆け込んで行った。

漆黒の瞳を輝かせて、真っ黒い髪をなびかせて。

自分とは似ても似つかない小さな妹を見つめて、ユマはせつなく微笑んだ。

可愛い小さな妹は、だんだんと自分の手を離れようとしている。
少し前までは、呼ばなくたって明るいうちに駆け戻って来た。ちょっと隣家へ行くのにもスカートにしがみついて、知らない人に会うとエプロンの中にもぐってしまうほど人見知りだったのに。

今は平気で丘をいくつも越えていってしまうし、何キロも先の森に住んでいる子と友達になってきたり。

行ってしまう。風のように。
根拠もなくそう思ってしまう。

開け放った戸の向こうには、藍の空に大小二つの月が輝いている。


世界は夏の終わり。
ふたりきりの小さな家は、今夜も明るい。