演奏が止んだ。その演奏者の姿は見えないが、英雄が目的を果たした達成感。そんなモノがこの俺の胸にもしっかり伝わって来た。小さなドアの窓からその英雄の横向きな姿が薄暗い部屋に立ち、暖かみのある光によって浮かび上がる。

スレンダーな長身で髪は腰骨辺りまで長く、白いブラウスに黒のパンツ、大きなテナーサックスを支えるには剰りにもキャシャな腕。そのサックスは新品のギラギラした黄金色ではなく歴史を積んだ豊熟な渋い色。

まるで美大のデッサンの授業の様に、その英雄を眼で克明に捕らえたい衝動に駆られ凝視する。

眼が合った。病的なまでに透き通った白い顔色。女だ…。30歳前後だろうか?首に掛けていたサックスをテーブルに下ろし。不思議そうな眼差しでこちらを伺い、近付いて来る。そのあまりの美しさに釘付けになって一歩も動けない。

女がドアが開けると髪の匂いが俺の周りに広がる。それは正しく媚薬で俺の胸をモヤモヤさせる。

女「何か御用ですか?」

優しい口調だが不審者に対する強気な声。

俺「いぇ、あのう此処はバーですよね?」

少し安心したかの様に微笑む女。

女「ええ…。でも私の好きなお酒しか置いてないし、今のところナンチャッテバーなんですけど…。」

俺「ナンチャッテ…?この時間はオープンしてますか?それとも準備中?」

女「何時もなら未だ開けてないんですが…。特別に宜しいですよ。お入りになられます?」

俺「ありがとう。」

カウンターに座るが緊張した顔色は消せないで居た。

女「改めて、いらっしゃいませ。」

俺「私、お酒は呑める口なんですが普段はビールか焼酎しか呑まないし、バーってとこに慣れてないんですが…。」

話しを聞いてるのかどうかも分からない女。何か考え事をしてるその様子を見て尚、緊張感が膨らむ。

女「キャプテンモーガン」

俺「はぁ?」

ボトルをみせる女。

女「このラム酒、美味しいんですよ!ほんのり甘い香りが口の中に広がり、しかもスパイシ〜。そんな王子様が私の前に降りてくれたらなぁ〜(笑)」

俺を凝視する女。照れ臭くて視線を合わせられない俺。明らかに俺の緊張を解きほぐそうとしているのがありありと分かる。冷たい顔の美女が垣間見せるその可愛らしさが俺の胸を尚締め付ける。

女「召し上がりますか?」

俺「はい…。どう言う呑み方がお勧めですか?」

女「ロックにライムを搾って呑むのが私は好きですね。」

俺「じゃそれで…。」

女はその注文を用意し、目の前のカウンターに置く。

女「ちょっと失礼します。」

女は客が俺一人で気を許しているからだろうか?カウンター越しの女は目の前から離れ、後ろを向いて長い髪を結い始めた。手際よく頭の先でまとめて団子を作り、かんざしを挿して完成させる。