市民病院の精神科の病棟、鉄格子がはまった一人部屋の病室。その片隅で飯田美佳は目を虚ろにして震えている。病室の外で微かな音がしても彼女は心臓を鷲掴みにされたように息を呑み、部屋の奥に身を隠そうとする。 彼女の恐怖は未だ癒えていなかった。
「お願い、もう来ないで。ご免なさい、私達が悪かった…」
 震える声で何度も繰り返し呟いている。
 彼女の心の中ではあの部屋での出来事が繰り返されている。終わりのないエンドレステープのように…。
 彼女の心は既に壊されていた。
 彼女の目は見えない者を見、彼女の耳は聞こえないものを聞いていた。その一つ一つが美佳を覗き込み、美佳に囁きかけていた。
 美佳の心のまだ壊されていない部分が彼女に危険を知らせ、見えざる者の働きかけを否定しようとしていた。
「飯田さん…」
 見えざる者の一つが美佳に話しかけてrきた。それは聞き覚えのある声だった。
 あの部屋で美佳の前に姿を現した吉田沙保里の声だった。
「みんな死んじゃったね…」
 沙保里は再び姿を現し、美佳の傍らに座った。美佳の呼吸が一瞬止まる。
「友達、居なくなっちゃったね…」
 沙保里が優しく美佳の髪を撫でる。沙保里の手が髪に触れるたび、美佳の背筋を恐怖が走る。
「ご免なさい、ご免なさい、ご免なさい、ご免なさい…」
 震える声で美佳は繰り返す。
 そんなことは気にもとめずに沙保里は美佳の顔を覗き込む。
「私が友達になってあげる。ずっとあなたの傍に居てあげる」
 沙保里が優しく声をかける。
「いやぁぁぁぁ」
 美佳の声が病棟内に響き渡る。
 これから彼女は永遠の恐怖を味わい続けるのだ。
 彼女の寿命が尽きてしまうまで…