鞄の中の携帯電話が突然大きな音をたてた。病室内にいる全ての視線が恵の方に集まった。
「済みません、病院の中なのに」
 恵はそう言って慌てて病室を出て通話が許されているエレベーターホールに向かった。
 携帯電話を鞄から取りだし、ディスプレイの表示を見るとその電話は小島から掛かってきたものだった。
「はい、結城」
「おぅ、嬢ちゃんか、一つ頼みたいことがあるんだが」
 小島の声は相変わらず馴れ馴れしい。
「何ですか?頼みたい事って」
 恵は不機嫌気味に応える。
「一寸外科の外来に行って一時頃吉田夫妻が来ていなかったか確認してくれないか?」
「アリバイの裏付けですか?」
「まぁそんなところだ。」
 それだけいうと電話は突然切られてしまった。小島はいつもこうだ。自分の言いたいことだけ言うと相手のことはお構いなしだ。だがいつの間にかそれに慣れてしまった自分に恵は呆れてしまっていた。
 それでも仕事はしなければならない。
 恵は小島の指示通り外科外来の窓口に向かった。

 恵からの報告は程なく届いた。
 市民病院の医師の話は真人の行ったことを裏付けていた。
 アリバイが成立したのだ。
 小島は自分が暴走しかけていたことを思い知らされた。