その『もの』は穏やかで悪意は感じられなかった。
 美鈴がじっとその『もの』を見つめていると、その女性はゆっくりと美鈴を見つめ返してきた。
〈あなた、私が『見える』のね?〉
『もの』の言葉が美鈴の脳裏に宇突然浮かんできた。その言葉は暖かいものだった。
 美鈴は小さく頷いた。
『もの』は優しく微笑んだ。
〈彼はね、私の教え子なの。成績が良い方ではなかったのだけれど、こうしてあなた方の先生になったのね。でもね、心配で時々こうして見に来ているのよ〉
 美鈴は『もの』の言葉をじっと聞いていた。〈あなたは野本先生の…〉
〈そして、この学校の教師でもあったわ。〉
〈じゃあ野本先生は〉
〈あなたたちの先輩。だから先輩の授業をきちんと聴いてあげてね〉
『もの』は美鈴にそう伝えると静かに消えていった。
 悪意に染まっていない『もの』も存在することを美鈴は改めて知った。