午後九時過ぎ、事件現場の公園の近くに小島と恵の姿があった。辺りは静かな時を迎えていた。街灯が少ないせいか辺りには闇が多い。それでも、付近の家から漏れ出る灯りのおかげで道は照らされていた。
 少し猫背めの小島の背中を見つめて、恵は彼が何を考えているのだろうと、ぼんやりと思いを巡らせていた。小島は付近を見渡していると、不意に足早に歩き出した。彼の行く先には一つの疲れた人影があった。
「すみません、いつもこの時間にここを通られるのですか?」
 小島は警察手帳を翳して、その人影に話しかけていた。人影は五十歳前後、草臥れたショルダーバックをさげ、肩を下げて歩いていたところを小島に声を掛けられのだ。たぶん会社に忠実に勤めた来た人なのだろう、小島はそう思った。
「ええ、いつもだいたいこの時間ですが…」 不意に声を掛けられ、相手が刑事だった為に男は戸惑い気味に答えた。
「ええ、大体この時間ですが」
「それでは昨夜も?」
「はい」
 男の答えを呑み込むように小島は間を置いた。
「その時、何か見ませんでしたか?」
 男は小島の目を覗き込む。
「いいえ、何も…」
 男の答えはあらかじめ予測していたものだった。何故なら、先ほどの捜査会議で「目撃者なし」と報告されていたからだった。
「御協力有り難う御座いました」
 小島は男に一礼するとまた別の人影に近づいていき、同じ質問を繰り返した。小島は何を考えているのだろう?腕を組みながら恵は考えた。