「詳しいことは話してもらえなかったんだけど、昨夜、私のクラスの三上響子さんが殺されたらしいの」
 美鈴の言葉を聞いて母は椅子の背もたれに体を預け、何かを探るように宙を仰ぎ、腕を組んだ。母がものを考え込む時の癖だった。「その子とは親しかったの?」
 美鈴はゆっくりと首を横に振った。
「ただのクラスメートよ」
 美里は上の空のように娘の言葉を聞き、やがて思い出したように口を開いた。
「そういえば一ヶ月ほど前にあなたのクラスで自殺した子が居たわね?」
 美鈴は母が話題を変えたことに戸惑いを見せた。母が何を聞き出したいのか、彼女には判らなかった。
「ええ、吉田沙保里さんっていう子だけど、それがなに?」
 母は組んでいた腕を解き、呟いた。
「その自殺と関係がなければ良いんだけど」 美里は宙を見つめていた。暫くの間、彼女の視線は宙を彷徨っていたが急にテーブルに両肘を置き、美鈴の顔をじっと見つめた。
 母のスイッチが入った。
 美鈴はそう感じた。
 他のところを見ていた母が急に相手の視線に自分の目を合わせ、じっと相手の様子を見つめる時、母の勘がはたらき始めたしるしだった。美鈴はそれを『スイッチが入る』言っていた。
「ねぇ、今日あなたに何か変わったことが何かなかった?」
 美鈴は一瞬、母の祖先を避け、昼間見た光景を思い出した。
「うん、殺された三上さんの席のそばに何か影のようなものを見たわ、何となくその影が笑っているように感じられたんだけど」
 美里は娘の言葉に暫く考え込んでいたが、やがて決心したように口を開いた。
「それは『もの』と呼ばれるものよ」
母の言葉が理解できないのか、美鈴は呆気にとられて彼女の表情を伺った。美里は娘に理解できるように噛み砕いて話し始めた。