『ソウ』

「はッ?」


少年がいきなり口にした単語。

訳が分からなくて聞き返す。


『俺の名前。
蒼って書いて"ソウ"って読むんだ。覚えといてよ』

「気が向いたら、ね」


『君は…由愛、だよね?』

あの男が一度だけ口にした名前を覚えてたなんて。


「…そう。
笑っちゃうでしょ?
"愛"なんて漢字ついてんのよ。そんなもの知らないくせに」


あたしは自分の漢字が嫌い。
"愛"なんて字を使わないでほしかった。


どんなに願っても、そんなの誰もくれないんだから…




『でも素敵な漢字だよ。
自分の名前なんだから大事にしないと。電話待ってるから。それじゃあ…』

最後にもう一度笑顔を見せ、蒼は闇に消えて行った。


あたしの手は、まだ紙切れを握ったまま。

どうしようか悩んだけど、結局それを鞄に入れた。

不思議と捨てられなかったんだ。



あたしも蒼とは反対方向へ歩き出す。


いつか、
あたし達の道が交わる日なんて来るんだろうか。