キス、しようと思った。


顔を近づけると明らかに動揺され、躊躇してしまう。
すぐに眼を逸らし離れていこうとするので反射的に引き止めた。


嫌がられたのかと不安になる。
会社では、やはりまずかっただろうか。彼女はとても真面目だから。


焦ってしまった自分を悔いながら、その温かな手を握った。


俯いた彼女の目線に合わせるように、髪に隠れた顔を覗き込む。


顔が赤く、その漆黒の眼はとろんと潤んでいた。

いつもの仕事姿からは掛け離れた表情に、胸が高鳴る。


しかし慌てたようにまた俯かれてしまった。
困らせるつもりは決してないのに。…たぶん。


帰ろうと声をかけ、二人で部署をでた。
後ろからついて来る彼女が、いつもより小さく感じられる。

今日のように二人で残業することは、これが初めてというわけじゃなかった。
俺が彼女に手をだしていい立場である…はずの場合は今回が初めてだが。


エレベーターが来て、二人で乗り込んだ。端の方に立つ彼女は頼りなさ気で、何だか俺が追い詰めているような気分になる。ゆっくりと近づき、逃げ場のない彼女の手をとる。その細い指に自分のそれを絡めた。

「…もしかして、あのイエスは無理矢理だった?」


そう聞くと、違う違うと必死に首を振り、ごめんなさいと言葉を吐く。

もしかしてと考えいた不安が否定され、とりあえず安堵した。


…もし本当だったとしたも、その返事を無効にする気などさらさら無かった気がするが。