キス、されるかと思った。
直前で止まったその人は、ただ私の眼を一直線に見つめてくる。
ハッとして眼を逸らした。見つめ合った一瞬が、途方もない時間に感じられてならない。
腕を掴まれたまま後ずさったら、さらに強く掴まれた。
心臓がドクドクする。顔が熱い。「ただ顔が近づいただけ」と自分に言い聞かせ、心臓を鎮めようとした。
手が腕を離れ、今度はお互いの手が繋がった。
きっと汗ばんでいるだろう手が何だか申し訳なくて、ひどく恥ずかしい。
どうすればよいか分からず、狼狽している自分が情けなかった。
じっと俯いたままでいると、屈んでゆっくりと覗きこまれる。
優しく眼を細めた茶色の瞳。胸が潰れるような感覚にどうしてよいか分からず、また少し俯いてしまった。
「帰るか」
いつもと同じ穏やかな声にほっとする。
「…はい」
掠れた返事をするのが、精一杯だった。