そして日付が変わり日の上がらないまだ深夜と言える時間帯、俺は水桜と涼子さんが寝たのを確認すると丁寧に布団を畳み荷物を背負って家を出た。すると後ろから声がした。

「やはり行くのか。」


俺は振り向き相手の姿を認めた。


「はい。お世話になりました。」


丁寧にお辞儀をする。


「そこまで送ってく。」


俺と徹貴さんは寝静まった静かな街並みに囲まれながら歩を進めていく。そして街の境界線に辿り着く。


「ここまで送って戴いてありがとうございました。」


徹貴さんに向き直り深いお辞儀をする。


「いや。君のおかげで俺もこの街も変わった。お礼を言うのは俺だ。ありがとう。元気でな。」


「はい。徹貴さんもお元気で。」


そう言い残し身体の向きを変えた。


徹貴さんが見守っていてくれる中、俺はゆっくりと歩を進める。少しの心残りと期待と不安、様々な感情が俺を戸惑わせた。この街を出れば新たに虐めの的になる。逆に残っていれば一生離れられなくなって人に頼らずにはいられなくなる。俺はこの街へ来て覚悟という言葉に鈍くなっていたようだった。すると俺の頬に水が伝った。俺は空を見上げたが雨が降っている様子はまるでなかった。俺は不思議に思い頬に伝う水を拭った。だがその水は拭っても拭っても止まることなく流れ続けた。そこでやっと気づいた。俺が涙を流していることに。この街へ来て泣くことを思い出し人の感情に敏感になっていた。だが自分の感情で泣くのは妹を失った日とここに来た日以来だった。俺は両手で顔を覆い涙を流しながら今まで俺に優しくしてくれた皆の顔を1人ずつ脳裏に浮かべた。1人1人にありがとうと伝えながら。


「次はどんな街かな…」


その日俺はこの優しく笑顔の絶えない街を去った。