やがて、周囲を囲う木々が途切れ、そこだけ何故か開けた空間に出た。
 ウインドライダーがふと見上げた夕闇の紺碧の空の中に、薄黄色の半月が浮かんでいた。
 視線を下ろすと、前方に白い着物姿の女が立っていた。
「あの~、あれ……」
 こんな時間にこんなところで女一人で何をしているというのだろう?
 ウインドライダーは恐怖のあまり口をパクパクするだけで、それ以上言葉が出てこない。
「……オフ会を盛り上げる趣向じゃないのかなあ?」
 そう言うコールドブラッドの声も震えている。
 近づくに連れてその姿がはっきりしてくる。
 女は全身ずぶ濡れで、長い黒髪と着物から水滴が滴り落ちている。
 だが、辺りには雨が降った様子はない。
 まさかこんな時間に滝に打たれたなんてことはないだろう? 
 女の前を通り過ぎるとき、その肌が青白いというよりも透けているように見えた。
 身も凍るような戦慄が二人の全身を駆け抜けた。
 車椅子を押すスピードが速くなる。
「しっかりつかまってろよ」
 ウインドライダーは膝に顔を押し付けうつむいたままだ。
 逃げていく二人の後姿を目で追いながら、血のように真っ赤な口がにたりと笑っていた。

 ゼイゼイ言いながら死ぬ思いで滝までたどり着くと、4人たむろしていた。
 一目見ただけで普通の人間の集団じゃないことがわかる。全員メンヘラっぽくて、中にはやばそうなのもいる。 
「お待たせー。車椅子押すのって初体験だった上に、でこぼこ道ときたもんだから……」
 コールドブラッドの声を聞きながら、ウインドライダーは煙草の吸殻が詰まった空き缶が転がっている地面を眺めていた。 
「これでやっと全員揃ったわ。コールドブラッド君、ご苦労様。でも、そんなに急いで来なくてもよかったのに……」
 ウインドライダーは幾分ハスキーな声がした方に顔を上げる。
 ファンデーションを薄く塗った頬と深紅の唇だけの薄化粧だが、その白い顔は怖いほど整っていた。
 月の淡い光に照らされて、ふんわりした白のフード付きニットコートが神秘的な光を放っている。
「これで俺も最後の役目果たしたよ……」
 コールドブラッドはよろよろと小さな岩に腰を下ろす。
 え、『最後』って、もしかして今夜が……顔は蒼白を通り越して真っ白だし……。
 ウインドライダーが心の隅でそんなことを思っていると、濃密な薔薇の香りが鼻を突いた。