薄暗さに目が慣れてくると、奇妙な光景が広がっていた。
 地表に露出した木の根が、地中から這い出してのた打ち回る大蛇のようだ。
 傾いてしまった木が、幹の途中で曲がって上に向かって伸びている。獲物を飲み込んだ大蛇のような力こぶが盛り上がっている。 
 どこまで行っても、似たような光景が延々と続く。
 方向感覚を失い、何度も同じ場所を通っているかのような錯覚に陥る。
 このまま森の中を彷徨い続けるのかと不安が増しつつあったとき、どこか遠くで水の落ちる音が聞こえてきた。そして、その音が近づくにつれて、生暖かい空気が流れてきた。
「いよいよこの辺からが隠れ自殺スポットだ。空気が重く淀んでる感じがするだろ? 何でも、2、3年前この木で首を吊った女がいるんだって。よくは知らないけど……」
 針葉樹と広葉樹が入り混じった森だが、そこだけ針葉樹が密集している中に、桜の木が1本立っている。
 言われてみれば確かに、首を吊るのにちょうど手ごろな大枝が1本伸びている。
「なんでこんな季節に桜が咲いてるの?」
 ウインドライダーは信じられないといったふうに呟いた。
 咲き始めたのはまだ数えるほどだが、つぼみは今にも咲きそうなほど濃いピンク色になっている。
 そのうち奇妙なことに気が付いた。
 最近移植されたはずもないのに、木の根元が一度掘り返され、埋められた跡がある。
 そして、ちょうど背の高い人なら手を伸ばせば届きそうなところまで、つぼみだけを残してきれいに葉がなくなっている。
 ところが、根元を見回しても落ちた葉はどこにもない。頭上を覆う鬱蒼とした木々の隙間からかろうじて洩れてくる月明かりを頼りに、いくら目を凝らしても、周りに虫の姿も、糞も見当たらない。
 誰かが葉をちぎって持ち去ったとしか考えられない。でも、何のために……?
「これ春に咲く桜とは違う種類なんだ。寒桜っていって毎年今頃開花するらしいんだ。おい、聞いてんのか?」
 頭上から響いてきたコールドブラッドの声に、ウインドライダーは夢から覚めたように我に返った。
「あ、うん……あの~、会場までまだだいぶある?」
 ウインドライダーは怯えた声を洩らした。
 一刻も早くその忌まわしい木を離れたいのに、自分の思うように体が動かないのがもどかしかった。
「もうすぐ滝が見えてくるよ。そこが今夜の会場。今夜は月明かりが幻想的で、こういうタイプのオフ会にはもってこいだ」
「滝って?」
「華厳滝ほど高くないけど、知られざる自殺の名所ってとこかなあ? 案内板も出てないから、昼間でも訪れる奴は少ないよ」
 そこで会話が途切れた。
 静寂の中、湿った地面を踏む音と車輪が回る音が重なり合っている。