「じゃあ、あなたが縛るんですか」
「そ、それは」
胡乱な目をした小岩井の問いかけに、アルベルトは口ごもる。

ぎこちなくも、いいですよ、と微笑む愛。縄を首に巻きつける。細く折れそうな首が傷付かないように、二巻き。縄を一度縛って背後に垂らす。その縄を身体の前側へ回そうとして、気付く。アルベルトは手を止める。愛の肩が震えている。後ろから覗き込めば、彼女は涙を流していた。困惑と後悔が胸の内に渦巻く。ごめんなさい、と謝る彼女。雛菊さんにこうした方が仲が深まると言われて、と告白する。そうして、本格的に泣き出した彼女を慰めることもできない手が、宙をさまよう──。

「だめだ!」

お猪口を台に叩き付けて、大きな声をあげる。酒が飛び散った。小岩井の私服と雛菊は完全なるとばっちりを受ける。

「飲みすぎですよ、学園長」
「愛くんとは、そういう関係ではないはずなんだ。もっと、こう、よくわからないんだよ」

愛しいのか、愛らしいのか。その境目がわからない。好きなのか、好んでいるのか。
下世話な話になるが、性欲を感じたことはない。歳の離れた彼女をどうこうしよう何ぞとは思わないのだ。
ただあたたかくて、優しくなれる。一緒にいると安心できる。純情な若き頃の恋慕とは違う。愛は悲しむかもしれないが、アルベルトが感じているのは心臓の更に奥深いところに存在する感情だ。衝動ではない。じわじわと、根底から蝕んでくるような感覚。キスよりも、手を繋ぎたい。愛を囁くよりも、笑い合いたい。

「困ったもんだね。多分、どうしようもなく僕は彼女を、彼女を、」

アルベルトはうなだれる。彼は言葉を途切れさせた。そこで小岩井は声を掛ける。

「あの、すみませんが、アルベルトさん」
「何だい」

残った酒を飲み干して、アルベルトが首を傾げる。猫背になった彼の背中。姿勢を正したままの小岩井が、冷静な口調で続けた。

「愛さんの能力って」
「見えないものとか、見えるものとかを縫い合わせる能力らしいね。空間も縫えるってきいたけど」

矢張り、と呆れかえった表情で溜め息を吐く。

「縛りたい云々の話をしたとき、縄で、っていいました?」

愛と会話したときのことを思い出そうとするが、如何せんインパクトが強すぎた単語のせいで他の記憶が抜けている。受話器越しの声は、雨色に濡れていた。

「分からない」
「それって、物理的ではなく、精神的に縛りたいというそういう意味ではないですか」
「え、?」
「それだと、辻褄があいますよ」

うえ、と目を見開くアルベルト。確かにそちらの方が筋道が通っている。それならば、こうしてはいられない。

「これ、君にあげるよ」

卑猥な表紙の雑誌を小岩井に押し付け、財布から二千円を取り出して台に乗せると、アルベルトは颯爽と走り出した。一人置いてけぼりの小岩井は、雑誌の始末の仕方を考えながら、もう一杯の酒を頼んだ。