アルベルトは小岩井と肩を並べ、立ち飲み屋で酒を煽っていた。小岩井を飲みに誘ったのはアルベルトの方だ。だのに、黙り込み、湿気た雰囲気を醸し出しながら日本酒を飲み続ける彼の姿に業を煮やした小岩井は口を開いた。

「どうしたんですか、アルベルトさん」問えば、薄暗い瞳がこちらを向いた。僅かに酔っ払ったらしく、頬は赤く染まっている。

「愛のことなんだが」
「なにかあったんですか」

アルベルトは視線を彷徨わせた後に深い溜め息を吐いた。そして、脚に挟んでいた革製の鞄から雑誌を取り出す。それを見た小岩井は珍しく瞠目した。雑誌の表紙には、縄で縛られた女の人の写真が載っていたのだ。後ろ手に縛られ、胸を反らせるようにして固定された身体が天井から吊されている。折り畳むようにして拘束された片脚。地面に辛うじて着いている左の足裏。不安定なバランスに、色っぽい唇をした女性。縄の食い込む柔らかそうな肌。案外に初な小岩井は顔を逸らして、アルベルトを罵倒した。

「ま、まさか、愛さんにこのような行為を強要してないでしょうね。まさかアルベルトさんにこのような趣味があっただなんて」
「勘違いしないでくれ。違うんだよ」手を振って否定し、彼は言葉を続ける。

「愛が、したいと言ってきたんだ」

驚きに声を失った小岩井は口をはくはくと動かした。さながら金魚のようだ。眼前に提示された事実が現実と異なってみえるのだろう。アルベルト自身も最初は動揺したのだから。──まあ、勘違いではあるのだけれど。

「愛さんは、その、雛菊さん等の卑猥な思考回路をもった危険な発情期達と関わってしまったのですか」

案外、辛辣な小岩井である。

「いや。僕は知らないのだが。突然、彼女がね」
「縛りプレイ、ですか。因みにどちらが」
「それも聞いていないけれど、僕みたいなおっさんを縛ってもなんら楽しくないと思うんだ。下手したらそろそろ四十だよ、四十」

スーツの上から身体を縛る赤縄。普段はしっかりと締めてあるネクタイがよれて、ボタンの外れた襟元から覗く鎖骨。布を押し込まれ、その上から縄で固定された口元。布に染み込まなくなった涎が顎を伝って落ちる。コンクリートの床に染みる。背中側に拘束された腕は天井に吊されている。首もとには頑丈な黒色の首輪。その鎖が引かれて、アルベルトは呻いた。首が圧迫されることにより苦悶の表情を露わにする。首輪に繋がれた鎖を持つ小さな手の主は、満足げに妖艶な笑みを浮かべて───。

「なんて、想像できないよ!あの子はそんなことできない」

頭を振って、邪な思考を払い退ける。