一番大きく美麗な宮殿の一室で待女達は呆れた様に竜宮城の主を窘める。この巨大な宮殿の時間の流れを下界よりも遅らせる程の能力を持っているというのに。聡明で、気高く在らねばならぬ筈であるのに。部屋の中央に座る主は久方ぶりの馴染みの訪問に恥ずかしげもなく、声を荒げている。

紅を差した目元を、僅かばかり上気させながら、障子戸が開けられるのを今か今かと待ち構える。朝早くに起きた故にか、赤地に右胸から足先にかけて白い大輪の華の咲く豪華な着物も着崩れを起こしている。

そして、漸くその時はやってきた。



「乙姫ー?お邪魔していーい?」

ゆるりと緩んだ声の主は、質問を投げかけたにも関わらず返事をまたずに障子を開けた。現れたのはひょろりとした長身の、これまた緩んだ顔をした男。白い肌を際立たせる黒い質素な着物に身を包んでいた。その眼は蒼く、深い海のようで、その髪は深緑の森のようで。乙姫は昔からこれが好きなのだと豪語している。

「魚尾じゃッ!」


満開の華が開花したかの如く、女は満面の笑みをみせた。そして跳ねて立ち上がると少女の様に魚尾と呼ばれる男に駆け寄る。これには部屋の隅で待機していた女中達も瞠目したらしく、慌てて彼女を引き止めようとするが、しかし。時既に遅く、彼女は魚尾の眼前へ。

「魚尾……、お前は、」


感涙に肩を震わせた。

ーーーかと思えば次の瞬間、魚尾は消失していた。否、正確には、怒りに肩を震わせた姫の見事なボディブローに魚尾は硬質な壁をぶち破って中庭まで飛ばされた、というべきか。

中庭で四肢を弛緩させた魚尾を追って、壁に出来た大きな穴を通って姫は中庭に静かに降り立つ。裸足で地に降りた姫を見て、顔を真っ青にさせる待女何ぞに目もくれず、彼女は倒れている魚尾の上に跨がる。そう、女豹のように。


「おい、貴様」


見たところ肋骨二本、鎖骨一本、腕の骨一本折っているらしい。それでも尚へらへらと嗤う男の髪を、乙は鷲掴んだ。ぶちりと何本か美しい色の、手触りの良い髪の毛が音をたてて抜けてしまう。