「わたし」

泣きますよ。

脅すように愛は言った。到底、脅し文句とは命名できないそれを口にして、アルベルトを睨み付けた。

バレンタインということでアルベルトが久々にこの世界へ訪問すれば、この有様だ。彼女は目の前で震えていた。泣きますよと言ったくせに、その目は既に涙で溢れていた。

「何でだい」

「何でですか」

アルベルトの問い掛けに、愛は質問で返す。困った彼は次の言葉を失った。その隙を突くように、愛はここぞとばかりに言葉を吐き出した。

「そんなの、ずるいじゃないですか。ずるいですよ!ずるい!」

「何が」

「な、なにが、よかった!だ!よくないです!全然よくない!いやだ!置いていかないでくださいよ。いやだ。いやだいやだ。よくない!もっともっと、幸せになってほしいんです。なってもらわなきゃ困るのに」

愛はぽかぽかとアルベルトを殴った後、彼に抱きついた。ぎゅむ、と顔を埋め、それっきり黙ってしまう。沈黙が室内に流れた。アルベルトは小さく微笑むと、大きな手で愛の頭を撫でた。小動物のようだな、と何気なしに思う。

「何で泣いてるのさ」

「悲しいからです。悲しいから。大切だから、悲しいんです。もう一発くらい殴ります。殴らせてください。ひどい。ひどい!もう嫌われてもいいから!一発殴らせて!わたし、いやなんです!分かってるんです。分かってる。分かってるけど、悲しいから。でも、殴れないから、泣きます」

「あてつけだってわかってる?」

「しりません」頑なに愛は言った。

「泣きますよ!」

ひしと抱きついたままに、彼女は声を張り上げる。アルベルトはため息を吐くと、また少し笑った。

「だからもう、泣いてるってば」