「ふむ、選挙か」

乙は掲示板に張り出された紙を見ながら、含みのある笑みを浮かべた。そうして、宣伝用の紙の名前を眺める。七星、涛波、かなこ──生徒会役員として有名な三人だ。そこで、もう一人の名前を見つける。ユーリー、とな。

「おい。魚尾、こやつは誰じゃ」

指して横を見れば
「魚尾じゃない、おとぎだ」という台詞が投げられる。乙はぎょっとして横の人物を見つめた。小夜に似た少女が、腕を組んで立っている。スタイルの良い乙の隣にいる彼女は、まるで子供のようだ。

「ふむ、そうか。誰でもよいわ。此奴は誰じゃ。百合とな。女か」

「別に印刷ミスとかじゃない。ユーリー、だ」

「で、その百合姫はどのような奴じゃ」

「ユーリー。正しくは殿だな」

おっ、調度良い。とおとぎが目線を送った先には、金髪を靡かせて歩く青年がいた。廊下を堂々と歩くその姿は、異国の王子のようだ。ロシア系統の顔立ちのせいだろうか、陶器のように白い肌のせいだろうか。青く澄んだ水晶の瞳は、人形のような不気味さも漂わせている。歩く度に、深い芳香が溢れる。

「あいつは、」

見る者が見れば分かる鋭い空気に、乙は目を細める。周囲の人々は気付かないだろう。生まれながらに支配者として目を磨いてきた乙故に、だ。意図的に潜められたオーラは、濃い密度を保っている。

きっと彼は、表ではない仕事を────。

「あいつは掃除屋さんだ」

「え、は?は?」沈黙が流れる。

「掃除屋って、あの?」
「そう。モップ持ってふきふきする奴」
「裏の仕事じゃなく?百合姫が?」
「で、殿な」

颯爽と去っていく青年の後ろ姿を眺めながら、表ではないのは確かだものな、と自らを慰める乙であった。