「頑張れ、フェイレイ。嫁と幸せにな」

「え?お、おう」

「あ、それと」おとぎは思い付いたように本の頁を開く。フェイレイは、また戦うのか、と身構える。しかし、その考えとは裏腹に、彼自身の身には何も起きなかった。代わりに、カキツバタの花が開かれた頁の上に一輪咲いた。押し花として挟まれていたのではなく、フェイレイの眼前で、幹を伸ばし、葉を広げ、濃青の花弁を咲かせたのだ。

「これ、あげる」

おとぎの手によって摘まれた花が、フェイレイに手渡される。ここは彼女の術中だろうか、とも思うが、それ以外に変わったところは無い上に、景色は現実味に溢れすぎていた。

「じゃあな」おとぎは興味を失ったように、本を閉じると、再び歩き出した。擦れ違い、そして離れていく距離。フェイレイは振り向いて彼女の背中を見る。そうして、前を向いて、歩き出す。

カキツバタの花弁が彼の掌で、そよそよと揺れていた。