赤髪と深海色の瞳に覚えがあって、図書室へ向かっていたおとぎは廊下で立ち止まった。こちらに歩いて来ていた青年も、彼女の存在に気付き、歩みを止める。そうして気さくな様子で

「よう、おとぎじゃん」
と片手を挙げた。しかし、おとぎの脳内で、彼は確固たる位置を占めてはいない。思考が流れていく最中で、大勢の中の一人に色がほんの少し付いて浮かび上がっただけだ。流れていくことに変わりはない。


「誰だ」そう鋭く問えば、青年は肩を竦めてみせた。 精悍な顔付きの彼の表情が、呆れに崩れる。

「フェイレイだよ、フェイレイ。タイマントーナメントで戦っただろう」

浮かび上がっただけの存在に、輪郭が付き、質量が伴う。どすん、と他の思考を押し退けて、彼という人間がおとぎの思考の中に居座った。蘇るのは、青々とした穹窿に、何処までも続く野原。風が草木を撫で、浮かぶ白雲が羊のように歩き、遠くに見える街並みが日光に照らされている光景。

ああ、あの。とおとぎは零した。

「あの脳天気野郎か。勇者だなんて、幻想を抱いている馬鹿だろ」