「小夜ーーっ!早く来いよ!ちょっと用があんだ!」

遠くに居る青年の言葉に小夜は頷くと、空の食器を持って立ち上がった。そこで、ふと、動作を静止させる。おとぎは此処に一人残されてしまうのだ。否、意識が常に宙に浮遊しているかの如き彼女は一人でいることを微塵も気にしないのだろう。それでも、それでも。

「お、おとぎちゃんっ」

今度は、彼女が目を見開いた。

「友達になろう!」


声には出さないが、そういう心意気で手をさしのべる。小夜の心臓が、大きく脈打っている。断られるだろうか。変な人として、受け取られるだろうか。出会ってほんの数分だ。浮かれたポジティブ思考は今、彼女を待つ青年が感染源だろう。

「名前、何で」

「だって、ほら、名前は呼ぶ為のものでしょう」


したり顔、にはなりきらない歪な弧を描く笑みに、おとぎは間の抜けた様な表情を返した。表情の豊さは彼女の方が上らしい。また、違うのだ、と思った。もっと知りたい、とも。

「そうか。お友達か。辞書だけのものかと思ったが、現実味は存在するか。そうか、お前は、お前じゃなく、小夜だな」


伝わりにくい不器用さは、二人に通ずる物だ。少女二人は見つめ合うと、似通った、不器用な小さな微笑みを零した。