それは彼──エンリィが日常の様に世界征服への野望を胸に念入りな歯磨きをしていた時のことである。こつん、と横の部屋から音が聞こえてきたのだ。幽霊という類の物が苦手分野に属する彼にとって、それは恐怖に値した。喩え、それが冬であっても、だ。

エンリィは硬直したまま、首だけを、ロボットの様に右隣の壁に向けた。すると、再び、こつんと音がした。弱々しいその叩き方が、また恐怖を煽る。咄嗟に幽霊への対処方法を頭の中で模索するが、検索ワードに引っ掛かったのは“土下座”という選択肢だけだった。

しかし、エンリィは自らが時の覇者(タイム・ロード)であったことを思い出し、その考えを押し留めた。我は神の化身なり、と脳内を中二房一色に染め、エンリィはほくそ笑む。膝が生まれたての子馬だが、彼の思考には無関係の様だ。


決心を固めると、彼は玄関へと向かった。都合の良いことに、未だ制服のままだったので靴を履くという最小限の行為で外出の準備を完了させる。玄関の扉を開けると、冷風が隙間からぬるりと入り込んだ。エンリィは寒さに身体を震わせながら、外に出て隣の部屋の玄関先に仁王立つ。相変わらず粗末な扉だな、と鼻で嗤い、強く扉を叩いた。だのに、返答はない。