寝室のベランダに出て洗濯物を取り込んでいた愛は、小さく息を吐くと、空を見上げた。深海を思わせる黒色の穹窿は、波を立てることもなく、其処に在り続けている。ほう、と息を吐けば白く変色する呼気。冬だなあ、とぼんやりと思って、微笑む。こんなにゆっくり出来るなんて、一人暮らしも悪くない。

「なーに、してるんだい」

「ひょわあっ!」

背後から聞こえて来た声に、愛は大きく肩を震わせた。即座に後方の自室へと目を向ければ、此処にはいる筈の無い男、アルベルト。混乱に陥った彼女には、何故彼は家に不法侵入が出来たのかとか、何故土曜日の夜なのにスーツなのだとか、いつ頃こちらの世界へ帰って居たのかとか、そういった常識的な疑問は浮かばなかった。

「あ、あああアルベルトさんっ」

そうして、どこに優先順位を付けたのか、愛は取り込んだばかりの洗濯物を放り出して──結果、ベランダに散乱してしまった洗濯物は洗い直す事になる──1つだけ手元に残した毛布を、寒そうに頬と鼻先を赤らめているアルベルトの肩に掛けた。冬空の下にどれほど居たのだろう、彼の体は冷え切っていた。