「大好きだよ」魚尾は、泣きそうな子供の顔をして、切ない死別の情調を以て、そう零した。乙は、魚尾の眼の中に、己ではない誰かを見た。深い悲哀と憎悪と情欲と、僅かな同情が、胸の内で暴徒と化す。それでも全てを飲み込んで許してしまう程に、彼女は彼を、欲していた。そうして彼は、それを知って、彼女に接しているのだから、相当にタチが悪かった。しかし、乙自身も薄々気付いているのだから同罪である、と言うべきか。

それを愛と呼ぶには生温く、殺意と呼ぶには過激で、本能にしては浅薄だった。


「矢張り、ずるいのう」乙は言うと、右隣の魚尾を抱き寄せた。精一杯の笑みを作って、もう、一度。

「こんなにも、わしは、お主が───」

一際大きく響いた喧騒が、彼女の台詞を掻き消した。山子だの、ナマコだの他愛ない会話が心の奥まで沁みてくる。彼女の濡れた黒髪から滴る水滴が、魚尾の頬に、涙の様に振り注いだ。松茸のお吸物は、もう既に生温かった。昔の同胞は、相も変わらず、切り身であった。