「のう、魚尾よ」

風呂上がりの乙は濡れた髪から水を滴らせながら、魚尾にすり寄った。旅館の浴衣は、昔の宮殿暮らしを彷彿とさせる。畳独特の香りが、豪華な夜食の芳香が、彼の鼻には煩わしかった。水中で、嗅覚は要らなかったのだから。松茸のお吸物は、ほくほくと湯気を立てている。昔の同胞は、切り身となって横たわっていた。

「興奮したか?」

何のことを言っているのだろう、と思い返す。そう言えば彼女の身体に巻かれていたタオルを、骨男が取り去った事件が起きた。空の藻屑と成ったらしい彼は、大丈夫だったろうか、と。曖昧な思考を巡らせて、魚尾は目を閉じた。記憶の中の、豊満な胸、上気した肌、健康的な身体。しかし、正直言って、人間の躯には興奮しなかった。魚尾は元々、魚であったのだから、当然なのだろうが。

「わしはもう、女じゃろう」彼女は、妖艶に笑った。魚尾から見れば、それは少女の笑みだった。彼はもう、永い年月を生き過ぎたのだ。


豪華な食材が、敷き詰められている。人々の喧騒が、水中の様に、膨張した。魚尾は乙を見つめた。乙を通して、向こう側を、見つめた。青色の虹彩は深海の如き愛情を奥に秘めて。