愛は、声の方向に顔を向けた。地面に伏してる状態だったので、僅かに顔を傾ける。白色の体毛に包まれた恰幅の良い狒々が、嗄れた声で彼女に話し掛けて来ている。それを幻覚だと思わなかったのは、愛自身が怪物だらけの天神学園に通っているからだろう。狒々は腰を落としながら、酒飲みの様な赭顔で少女を覗き込んでいた。

「あ、あのう、こ、これは」当惑しながらも、愛は眼前の大きな狒々に応えを求めた。

「おのれ等は煩いのう。縛られておる。見ても分からぬか。虚け者め。天神には呑気な輩が多いらしいが、此処までとは」

「ご、ごめんなさい」


愛は落ち込んで、謝罪する。すると、狒々は腹を抱えて笑い出した。彼女は驚いて、目を泳がせる。何が面白かったのだろう。そうして、思う。此処は何処なのだろう。見た所、普段は使われない、ただの埃臭い室内、といったところか。疑問が、愛の脳内を撹拌する。そんな彼女に答える様に、笑い終えた狒々が口を開いた。