あ、アルベルトさんだ。愛は彼の後ろ姿を見つけて、声を掛けようとした。しかし、彼女は思い留まる。風に吹かれて、2つ括りの髪が揺れる。声を掛ければ、彼が泡沫の如く消えて了うと思ったのだ。恐怖に、足が竦む。視界が黒く、黒く、黒く。

そんな中、優しい体温が背中に添えられた気が、した。暖かい。愛は振り向く。しかし、それが何かは見えなかった。曖昧な気配が、背後で揺れている。何だろう。愛はそれを確かめる為に、手を伸ばそうとして────。



「おい、」

軽く頬を叩かれて、愛は目を覚ました。夢現の儘、瞬きを繰り返す。輪郭の不明瞭な視界をもどかしく思い、手で目を擦ろうとして、気付く。背後で固く手が縛り上げられているではないか。何で、だ。パニックに陥って、腕を縛っている縄を解こうとするが、無論抜け出せる筈等無い。足掻くが、どうにもならない。

「傷が付くぞ、女」