「ねえ、君」声が、耳を掠める。愛は気付かずに、歩き続ける。

「君ってば」

あぶないぞ。

愛は漸く聞こえた声に、意識を現実へと引き戻した。しかし、時既に遅し。突如として火花が眼前で散った。一瞬何が起きたのか理解出来ず、後退して、へたり込む。寸分後に額に走った痛みに、愛は事態を把握した。中庭を案内しながら考えに耽っていた彼女は、注意を促されたのにも関わらず、今は青々としている桜の木に無様にもぶつかってしまったのだろう。桜の一派が聞いたら、何と言うか。

「もう。ほら」

「、あ」

自然な動作で、アルベルトは愛に手を差し伸べる。何と紳士的なことだろう。だが、差し伸べられた手に気付けないくらいに、愛は混乱していた。好きな人の前で失態を晒す何ぞ、と。頭の中で洪水が発生し、耳が確かな熱を持つ。拍動が、五月蝿い。手が痙攣を起こしたかの様に震えた。頭の中が、白紙に成り下がる。

だからかもしれない。