「おや。驚かせたかな。すまなかったね。人の居ないところを選んだつもりだったんだが」


年齢は30半ばといったところか。中肉中背で、灰色の短髪、顎にあるのは無精髭だ。服装は髪と同色のグレーのスーツに暗闇を連想させる黒のネクタイ。瑠璃色の宝石の様な瞳が眼孔に携えられている。知的さを浮揚させた眼鏡は、聡明な雰囲気を漂わせる彼に似合う物だ。

愛の背筋を、熱い感情が伝う。心臓が、縛られた様に収縮する。指先が痺れる。麻薬に当てられたかの如く脳内が鮮々と覚醒して、高揚して。世界が煌めいて、瞬きを、止めた。

「まあ、良いか。天神は“そういう”子達が集まる場所だし」

独り言を地面に落として彼は愛の座る方へ歩み寄り、靴を脱いで、縁側に上がった。白色の靴下が妙に眩く見える。しかし、目的は宴会場にあるらしく、愛には感心を示すことなく部屋の方へ足を踏み出した。障子は開け放しているのに、中にいる人々は彼の存在に気づかぬ儘、談笑を続けている。