辿り着いたのは三年生の教室だ。予め生徒手帳に目を通して居たので、校舎の図面と魚尾の教室は何となく理解していた。何回か工事があったのか、場所が変わっている物も少なくなかったが。そして辿り着く頃には、授業も終わり、廊下には人が混いていた。

皆が皆、物珍しそうに彼女を見つめる。顔に紙を貼り付けた巨乳少女に、白髪少年、お花を手にスキップをする愛らしい子等、個性的な面々に見つめられるが何のその、乙は魚尾を只管に探す。



そしてその眼に写ったのは友人達と親しげに会話を交わす、魚尾の姿だった。彼は今、蒼い瞳を優しく海原の様に揺らして、笑っている。久方振りだ、と思った。乙は心を拉がれる想いだった。喩えば、己の大切な籠の中の鳥が窮窿を願って居たのを知って仕舞ったかの様な───。
気付かれない様に、後退って走り出す。喘鳴が鼓膜に煩かった。手の内に在った何かが、殲滅して逝く。嫌だ嫌だ嫌だ。

傷付けたくないから、放そうと、彼を高校に赴かせた。高校は人間でいう“いちばんきらきらとしていた時期”だから。だのに、だのに。いざ眼前にして、何だ此の様は。乙は唇を噛む。気付けば既に学園の敷地外に足を踏み入れていた。



(鳥は、空を飛ぶんだ)


知っていたが、知らなかった。だから、分かってみようと思った。鳥の想いを。乙は校舎に目を向ける。次来る時は、此処の制服を着ようと、心に決めて。