資料を読む事に集中すればするほどに、自分が一体どこにいる誰なのかがよくわからなくなる。

ぼんやりとしていると電話が鳴る。画面には、かなくんの文字。

「ごめん、はゆみさっきタクシー乗ったんだけど、渋滞が酷くてさ」

はゆみという呼ばれ方に違和感が薄くなっていることに奇妙な感覚を覚える。

「面会時間って何時までかな? 八時? 九時?」

無理しなくてもいいですよと頭では思うのに口から出た言葉は「無理しなくてもいいよ」と軽く言っている。なんだろうかこの昨日とは少し違う不自由な感じは。

そんな弾んだトーンに、さおりんは顔を上げた。

ふと昨日のことを思い出して言う。

「グラマシーニューヨークのケーキが食べたい」

昨日も食べたのだけど、気になるので聞いてみた。

「今、手に持ってるけど…… ええ??」

電話口のかなくんは、驚いている様子で、昨日の出来事はかなくんには反映されてはいないんだろうか、なんてことを思う。

いじわるでしかないのかもしれない。だけど、まともに聞くことがなんだか怖い。

「はゆみは、エスパーにでもなったのか? どうした?」

「わたしの好きなの、覚えててくれたんでしょ? うれしいよ」

「ああ、好きなのは知ってるけど……」

さおりんが声に出さずに誰? 誰?と聞いてくる。

「いま、山花(やまはな)さんが来てくれてるの、面会時間はわからないけど、分かったらメールするね。きるね」

「あ、お、おう」


電話を切ると凄い勢いで、さおりんが食いついてきた。