マキちゃんは無言のまま、じっと映美を見つめて側を離れようとしない。看護師さんを廊下に連れ出し少しだけ喋る。
マキちゃんが喋っていた事とここで何があったのかと言う事。どうやら一部始終を見ていないらしくて、何処まで話したらいいものかと考えながら、たわいもない雑談をした。
ありのままを話すことが良いと思えなかったし、話したとしてもどうなるものでもない。話すことで事実であったと言うことを再確認するよりも、無かったことにしてしまいたかっただけかもしれない。
パンパンにふくれあがって電源が入らなかったiphoneの事を思い出して熱さまシート的な物はないかと尋ねて、看護師はちょっと見てきますと去っていった。
ポケットからiphoneを取り出すと元通りであり、電源もなぜか入っていた。
画面を見ると着信があってかけ直してみると山花さん(さおりん)で、状況をせわしなく聞かれる。
「いま、はゆみと一緒?」
「え?ああ、そうだけど」
「病院?」
「そう」
「なんで?」
「なんで、って、そうだな」
「いま、近くにはゆみいる?」
「まぁ、ちかいっちゃぁ近いけど、どうした?」
「どっちの?」
「どっちの? どっちのって何」
まさか、山花さんも気が付いているのだろうか。
「ええ? 山花さんは」
「これから、平純一のサイトの人に会うんだけど」
電話の向こう、いやにあせってるのか早口で、せわしがない。
「平純一を支持する会ってサイトの?」
「そう、こんな時に課長にこんな事いうのも変なんだけどさ、あたしね、あの子の事そんなに好きじゃなかったのね。でもさぁ……」
「うん、なんとなくわかるよ」
そう答えたあと、お互いに沈黙があった。
「課長は」
「山花さんって」
お互いの言葉が衝突する。2人の言いたかったことはいつ頃からが付いていたのかということだと思う。
昔から知ってるような別の映美と、いままでいるのに、なぜか違和感のあったよく知る映美。
「今のあの子、なんだかほっとけないのよね」
「ああ、そうだな」
「課長も?」
「なんだかわからんけど、そうだね。奇遇だな
山花さん、そんなに映美とは仲良くは無かったもんね」
「そ、そうなんだけど」
「いつから、気が付いてる?」
「いつから、かな。最初にちょっと喋ったときから、かな」
「うん」
「あ、もしかしたら、その前、その前の日からかな……なんだったかな……」
「前の日?」
「なんだったかな、あ、そうそう、『しょうゆ』という小説の話をしているときになんだかおかしいなと」
「え? なんてタイトル!?」
「え? 醤油だけど、なんか変ですよね。醤油ってタイトルの小説なんて……あれ? あたし、なんで課長にこんな話」
「それって山花さん、どんな話?」
「ええ? あんまり覚えてないんだけど、たしか」
記憶を辿るような沈黙であった。
それ、書きかけのネット小説だ。
僕が書いてる。
僕が、こっそり書いてるもので、まだ誰も知らない。
映美との普段のやりとりから書き始めた、恥ずかしい趣味で……、映美のアイデアで書きはじめてはみたが、映美もまだ中身は知らない。
「あ、すいません、また電話します」
「え……ああ、たのむ」
「すいません」
「おお」
iphoneを見つめる。
ただ、山花 沙織という名前と通話時間が表示されていた。



