地球の三角、宇宙の四角。

『どういうことも、こういうこともない。前歯は生えてこない。サメじゃあるまいし』

舌で前歯を触る。

確かに、ひっかかりはない。いつからだろうか、そんな大事なことに気づきもしなかったのかと焼鳥屋で前歯が少しだけ欠けた場面を思い出す。

関口さんを見て勢いよく頭を下げながら店を出ようとした。

すると関口さんは「溢れたミルクは元には戻らない。と、そうやって自分の可能性を狭くしたがんなよ! 成せば成る。成せばなるなる法隆寺! それでは聞いて下さい俺のミルク」といってから俺のミルクというなんか聞いたことのあるような歌を歌い出していた。

♪“お~れのミ~ルクは、純粋すぎるから。

狂いそうなほどの愛を、知ったッ!”


掴まれていた手にチカラが入って一歩遠ざかる。

店の外に出ても歌声は聞こえていた。

歌声だけじゃなく、テーブルの倒れる音やグラス、食器の割れる音といった騒々しい音も鳴り、“ここはまかせて”という言葉が引っかかった。

まさかと思い振り返ると、あの日に見た黒い固まりが三体ほどウロウロしており、お客さんも店員もパニック状態で逃げている。

寝癖の男が店のドアを開けてどこかに電話をしながらメモを渡してきた。

その後ろでは関口さんは歌い続けている。

♪“俺の、歌う歌はきっと

理由のない、替え歌さ。”


三体が一斉に関口さんを襲う。それをギリギリまで引き寄せて大きくジャンプしてかわす。弓なりにしなった身体、揃った2足の黒いローファーが空中で弧を描いた。

革靴の残像を残しながら、すとんとした優雅で力強い着地までの軌跡は、昔に見た書道家の筆跡のようだった。


♪“くっだらねぇ。もう、あわない気がするよ。

ああ、無理して、笑ったりしないで。”

客、従業員までもが私の横をぶつかりながら何人も店外へと出て行く。

「アイツの勘はたいしたもんですよ。しかし昼間からでも出るのか?」

寝癖の男は電話口でボソボソとしゃべり、歌っている関口さんは人のいない方へと黒い影を引きつけながら走る。そして立ち止まり絞り出すようなシャウトをする。

♪“本気の、勃起で。君と向き合えてるのかな。”

「つうかさ、おれら丸腰だぜ? 聞いてる? ねぇ? どうすんの?」

♪“嗚呼、喉の奥まで、Time to Say Goodbye”

その間、かなくんは何度も行こうと言ったが、私は動けなかった。

♪“Time to Say Goodbye”