地球の三角、宇宙の四角。

「ああ、わかるよ、そりゃそうだ。関口の言うとおりさ。たしかにペットを飼うというのは一生の面倒を見るという覚悟だ。だけどすべてを奪う権利はないわな」

「そ、そ、そ、そうなんだよ。窓の外ばかり見てるんだ。鳥とかを目をきらきらさせながら見るんだ。そ、外に出すと車の事故や病気をもらってくるかもしれない。いろんな危ない事から、守る意味と、それと、それと」

「外には出してはいないんだろう? TVみたいなもんさ」

「そういってくれるとありがたい。だけどそればかりじゃない。一度でも外に出すと帰ってこないのではないかと」

「まあ、そういうこともあるだろうね。わかるよ」

「そうやって良かれと思って決めた自分が、そんな顔を見るたびにチクチクと痛む。つまりアポリアのどん詰まり、エゴもいいところなんだよ。それで、その最上級ファクターが、キッ、キンタマ問題なんだよ」

「キンタマ問題?」

キンタマ問題。私も完全同意。なんだよキンタマ問題。

「考えもせずに、そういうものだからと去勢するわけにはいかない。いくらソファやカーテンや、カーペットやバスタオルが小便臭くなってもかまいやしない。そういう問題とはディメンションが違った部分で、ぼ、僕には彼のキンタマを取る権利なんてないし、そうなると、そんなふうにつきつめていくと、そもそも飼う権利すらないんじゃないか。そんなようにも思う。おかしいかい?」

「おかしくはない」

おかしくはない。おかしくはないが、しゃべり方がおかしいいし、彫りが深くて男前の部類に入る顔なのに関口という男性はどうにもアンバランスだ。なにかおかしい。

「しょうべんくさいのと彼への愛を天秤にかけたとき圧倒的に彼への愛が勝つ。そこまではいい」

「ふん。そうだね」

うん。うん。

「臭いとか臭くないではなく、去勢しない。だけど、外にも出さないし、つまりせ、せ、せ、せ、セックスの可能性がね」

「そういえば、関口ってまだ童貞?」

どうなんだろう。

「そ、そんな話をしてるんではないんだよ! ちがうよ、いやそうでもあるところは、僕には可能性がある。だけど彼にはない。それを決定付けているのが僕だ。彼はいいやつでかわいいいし、男前だ」

「オマエも男前だけど童貞なの? まだ?」

「だから僕は彼のキンタマとかチンチンをやさしくさわってやったのさ、昨日に」

そこで寝癖の男性が勢いよくむせた。

私は必死で肩が揺れるのを食い止めるべく格闘し、やっぱりかな君も俯いて歯を食いしばってる。

窓から刺す日差しが心地よくて、ああ平和だなぁなんて思うと同時に、数時間後、や、数分後には手術を受けるのだなぁなんて他人事のように思う。まじめに考えると憂鬱過ぎる。

実際、トイレに入ったとき手術の不安から泣きたかった。でも、泣いてしまえやしなかったのだ。

そこそこの大人になると、うまいこと現実とは真面目に向き合わずに、はぐらかす術を身につけるのだななんて思い。こんなときに泣けない自分にがっかりとはした。そういう泣けない自分というアプローチでどうにか泣けないものかと、きばってウルウルとしてみたところで、ウルウルどまりで、結局は、そこそこ強いな、ずぶといな、簡単には楽になれないもんだなと鏡の前の自分に感心したのだ。