「あのー、はじめは近くの高級ホテルに行った。うん。

君は逃げだしたんだ」


本当の事を話ていると思う。そこは覚えている。(いいぞ)

「そして君は逃げ出して、タクシーに乗せて君の家にいこうとしたら‥‥‥君は自分の家の記憶を‥‥‥ごめん。

正直に話す。

君は、元いた世界のことをタクシーの運転手に話したのだと思う」

かなくんの顔つきが変わった。顔を見ていられなくなってうつむいて話を聞く。

「そして、タクシーで、はゆみが話をした場所にいけばマンションはなかった。


はゆみの実家も考えた。

僕の家も考えた。

ただ、

そこに連れて行くと君は‥‥‥

君はますます確信を持ってしまう。

それが嫌だった。

それが怖かった。

だから‥‥‥


だから‥‥‥」

顔を上げると、かなくんはうつむいていた。覆いかぶさるように彼を抱きしめて、彼に伝えたい言葉を伝えた。

「ごめん。ありがとう」

震える彼は、何も話さない。

「いいよ」

彼は黙ったままだ。

「ごめん」と、頭を撫ででいると搾り出す声がお腹の肉に当たる。

「おれはずるい。ずるくて汚い。
だけどわかってほしい。

失いたくはないんだ。

君との時間と、君とのこれからの時間を」

「いいよ」


でも、わたしが戻ったら、ここの世界に元々いた私は・・・と彼の頭を撫でながら考えてしまう。

かなくんだって・・・そう思うはず。そう願うはず。

考えていると窓枠に足をかけて飛び降りようとする自分の姿が頭に浮かんだ。

あれは何回もあったんだろう。そして止められたことも何回かあったのかもしれない。ただのイメージなのかもしれない。ここから落ちたらと想像するイメージだけの記憶なのかもしれない。だけど、確実に、このかなくんは飛び降りようとする私を止めてくれたのだと思う。

助けてもらった命の使い方として、自分は手術を受けようと思う。

うまくいくとか、いかないとか関係ない。それと平純一の提案に乗ってみようと思う。全身麻酔で彼から何かを聞こうと思う。自分の考えだけでは答えなんて出なかったわけだし。

私がなくなっても、うまくいって元に戻れば、元々ここにいた、かなくんのことを愛する。彼に愛さるべき彼女は元に戻るはずだ。そして私は、あんなにも元の世界に戻りたがっていたじゃないか。

それでいいじゃないか。

でもなぜだろうか。

それが1番いいと思うのに、


さっきから、わたしのために泣くかなくんの涙のせいで私の涙も止まらないでいるのだ。いや、私じゃない。勘違いだろう。私のために向けられたものじゃない。わかってる。

頭ではわかっているのに、私の話を聞いてくれて胸にうずくまって泣いてくれるこの男のこと以外考えられなくなっているのだ。

たかが数回抱かれただけじゃないか、それなのに、私はもうこの人の事しか考えられないでいる。