着替えの入ったカバンを持ち上げようとすると妙に重くて、ため息が出る。頭の中で今までのことをぼんやりとまとめる。なんとか正しい順番に並べようとするが脳内の声にそのたびに邪魔をされる。

カバンがおもたいので中身だけど取り出す。中身は青い服で、この服がなんなのかがよくわからないのでカバンに戻した。カバンに戻すと着替えないといけないと思い、またカバンから取り出す。それを繰り返すたびに【早く着替えましょう】とせかされた。下着をどうしようかと考えているうちにいつのまにか着替えが終わっていてキツネ目の女の人が部屋に入ってくる。この人のことは知っている。名前を思い出そうとする。たぶんまだ聞いていない。なにかを話しているが上手く聞き取れない。胸の名札を見ても何て書いてあるのかが読めない。細かい線がバラバラにたくさん並んでいる。

女の人について行く。ついて行くとどんどんと息苦しくなっていく。歩くたびに息苦しい。息苦しいのは窓がないからだと思う。この廊下には窓がない。窓はないのですかと聞くとは窓はありませんと言う。もう一度同じ事を聞いてしまう。窓はないのですか。窓はありません。そう言い終わる前にわたしはこの女の人につかみかかってしまっている。とまれ! とまれ! 私、止まれ! と、私の声が叫んでいる気がするが声に出しているのはどこにいけば窓はありますかと必死になって聞いている。自分の部屋に戻ろうと思った。たしかにあったはずだ。夕焼けがまぶしかったのを覚えている。私の部屋には窓がありますと女の人に言って自分の部屋に戻ると確かにあったはずの窓はそこにはなかった。今はない。おかしい。夕焼けの赤く強い日差しで、私はこの部屋で目を覚ましたはずだ。こんなはずはない。

部屋を突き当たりまで進み壁を触る。ベッドのよこにあるこの壁、窓だった壁に手を掛けた。

手に触れた部分は壁だった。白い壁。

窓、窓、窓。

キツネ目の女は私の名前を何度も叫ぶ。うるさいと私は大声を出して、窓を開ける動作をした。窓を開けるまねごとをしたら壁に隙間が生まれて、手で触った部分はどんどんと窓になっていき、目の前には空があって山があって建物があって、下を覗くと下の階の出っ張った屋根とベランダの柵と地面とが揺れて見えたが、今飛び降りても、死なないだろうと思う。飛び降りて私は前にいた世界に戻るんだと足を窓枠にかけた。

そこで、後ろから羽交い締めにされて耳元には「はゆみ、いかないでくれ」と、かなくんの声がした。