「最初にね、研修でいろんな僻地にある病院にいけるってことで、この病院に決めたんだけど、まさかの大都会勤務だし、それにアレでしょ?」

さっきの朝礼のことだろうか?

それから松波さんは沖縄の離島の何が素晴らしいかを語り3年勤めあげて辞めて旅人になりたいと言った。離島には正直興味は湧かなかったが辞めてもまたどこかで働ける看護師という免許のある仕事をうらやましいと思った。それから彼女の看護師という仕事に興味が湧き、今居る患者さんの話になった。

常に何かから逃げている“アイドルあばちゃん”や“おうむがえしのマキちゃん”プリンしか食べない“姫ちゃん”と色々なエピソードを話してくれた。

この話はおもしろかったのだけど、なぜだか前にも一度聞いたことがあるように感じた。そんなはずはない。この人とこんなに長く話したのは初めてだからだ。デジャブであって欲しい。だけど、この前の繰り返していたことの記憶が被さってきて頭がじんじんと痛む。その痛みでにこやかに話を聞いていた顔が、ゆがみ出すのが自分でもわかったと同時に、自分の状況が病人であり、あと数時間で手術という現実を思い出してなんだか寒気がした。

途端に病人の愚痴やらをおもしろおかしく話す目の前の人に興味を持てなくなった。クチをパクパクと動かしているのを眺めながら「そうなんですか」とか「たいへんですね」とかを言う。合いの手ごとに温度が下がっていった。

パカパカと煙草を吸う松波さんは、私の変化に気にすることもなく相当なストレスなんだろうな。なんて事を少しでっぷりしたお腹のあたりを奥歯をかみしめながら眺めて思う。

「あの……」

「なに?」

「ピーカンってなんですか?」

「え? どうしたんですか? 急に」

「さっき、わたしのことをみんなの前で」

仕事の顔に戻った松波さんは、言葉を探すように視線が泳いだ。

何だってよかった。つまらない話を切り上げたかった。