「マイアさん、遅くなってしまってすまない」
マイアは弾かれたように顔を上げた。
思考がぷつりと途絶え、続いて胸を叩くような緊張感が押し寄せてきた。
また、誰かの声がマイアの耳元で囁く。
言葉遣いに気をつけろ、と。
目の前で笑うクラウスは、そんなマイアの心情など知らずに続ける。
「本当ならばもっと豪勢に祝いたいところだが、私は明日また早くに出なくてはならないのでな。またの機会でもよろしいだろうか」
「も、もちろんです」
緊張のあまり、声が裏返る。
そして、唐突に後悔が押し寄せてきた。
まるで、今日の場が豪勢ではないと、またの機会をと仰ってくれた言葉を肯定し、期待しているふうに思われはしないだろうか。今のマイアの受け答えでは、そう受け取られてもしかたがない気がしてきた。ならば、どうお返事をすればよかったのだろう。誰かに言われた「言葉に気をつけな」とは、まさに今この場面だ。教養がないと、躾がなっていないと、自分の浅ましい思惟がそのまま言葉になるのだ。



