はく、と歪な呼吸が漏れた。

 キュッと丸まった足先がシーツを引っ掻く。口から零れる、意味も持たない断片的な母音が耳障りだ。けれども、確かに自分の喉が発している筈のそれは、意思とは関係なしに飛び出してしまう。

 閉じた唇の上を細い指が這う。柔らかさを確かめるかのように押しては戻して繰り返して遊んでいる。
 余裕ぶったその動きに苛立ち、小さく唇を開いて舌先で舐める。それを合図に冷たい指が口内へ押し込められた。些か乱暴な勢いに眉を寄せ、仕返しとばかりに犬歯で噛んでやれば、鋭い歯の跡がついた。


「生意気」


 口端から零れた唾液を親指で拭われ、そのまま塗り付けるように唇へ滑らせた。

 殺されてしまいそうだった。

 噛み付くように口を塞がれ、ピリピリと電流が駆け巡る。張り裂けそうな心臓が苦しい。

 キスをする度、その口から毒が流し込まれていた。それで死ぬことがあるならばとっくに致死量に達しているだろう。
 ロミオが唇に残した毒とは違って、私を殺すだけの。


 致命的なのは私が喜んで毒を受け入れているということ。

 今更触れ合うのを躊躇う程純情ぶるつもりはないけれど、触れた指先から唇まで、全身が震えてこのまま死んでしまいそうになる。慣れる日なんてきっと来ないのだろう。

 いつか死ぬならこの毒がいい。口付ける度に積み重ね、愛で心臓を止めるのだ。そうして、冷たくなった唇にもう一度彼が重ねてくれたら文句無し。

 自分で心臓を刺すなんて私は嫌だ。それも、冷たい短剣でなんて。


 息苦しさを滲ませ、互いに零した吐息が交わるのを待たずに、舌を伸ばす。

 冷たい眼鏡のフレームがぶつかる衝撃さえ、甘い刺激となって脳内を痺れさせた。
 どうにもならない。彼が起こす何もかもが、 今は全て快楽へと繋げてしまうのだ。私にはどうしようもなく、且つ抗えない厄介な現象。


 酸欠の脳で酔っていると、不意に動きが止まる。霞む視界の中で、ズレた眼鏡が邪魔になったのか、些か乱暴に取り払われた。

 あっ、と声になったかは分からない。不格好な吐息となって口から出て行った気もする、けど、今はどうでもいいや。

 さっきはあれだけ勿体ぶっていたのが嘘のよう。適当に放り投げられた先を追うことは出来なかったが、まあ多分、壊れることはないだろう。


 掻き上げた前髪の下、普段は隠されている汗の滲んだ額。耳の横に心臓が移ってきたかのように、鼓動が煩い。

 欲に濡れた黒曜石が突き刺さる。降りてきた唇が重なる前に視界を閉ざした。


 射抜くような強さに眩暈がして。

 閉じた瞼の先に、まだ。


 ああ、そんな眼は隠しておいて。

 どうにも、耐えられそうにないの。



end.