そこはビルの地下1階が全部店になっている大きな喫茶店だった。「談話室あります」なんて張り紙もあって、俺たちが普段行くような店とは格が違う高級店らしい。俺は急に自分の財布の中身が心配になって上条さんに言った。
「あ、あの、すいません。俺今日は小銭入れしか持ってきてないんですけど……」
「え?ああ、大丈夫、大丈夫。中学生に払わせたりしないわよ。この程度、おねえさんにドーンと任せなさい」
 いや、この程度って。と俺が迷っていると後ろから竹本さんが俺の肩をポンポンと叩いた。
「ブルジョアのお嬢様のおごりは素直に受けとけって。じゃあ、ご馳走になるよ、姫」
「誰があなたたちの分まで払うって言ったのよ?」
「へ?」
「おごってあげるのはあくまでこの二人。あなたたちは自分で払いなさい」
「そ、そんなあ……」
 上条さんはこういう店には慣れた様子で談話用の個室を取り、俺たちは壁で仕切られた部屋に案内された。3人掛けのソファがコーヒーテーブルをはさんで二つ向かい合っている部屋で、奥の席に俺と前島、反対側に上条さんたちが座る。それぞれ飲み物を注文してウェイトレスが出て行くと、さっそく前島が詰め寄るように上条さんたちに訊いた。
「あれが本当に、日教連の総本部なんですか?」
「そうよ。イメージとは違ってた。そう言いたそうな顔ね」
 上条さんはいたずらっぽい笑みを顔に浮かべて、にこにこしながら答える。右隣の竹本さんが言う。
「あのビルの奥に、ヒットラーかデスラー総統みたいな奴がいて、そこから全国の学校教師に指令が飛んでいる。そんな想像をしていたんじゃないか?」
 俺と前島がそろって大きくうなずくと、今度は風間さんが言う。
「結論から言えば、そんな悪の独裁者は存在しない。日教連が全国の教師の言動をコントロールしているなんて事もない。そんな組織はそもそも今の日本には存在しないんだよ」