今度はでっぷり肥ったおじいさんが俺と前島に声をかけた。
「なら、君たちだけでも、もう少しゆっくりしていかないかね?私は元は中学の教師だったんだ。最近の中学校の状況とかを、よかったらだね……」
「ああ、すいません。この子たちもこれから予定が詰まってて」
 上条さんが助け船を出してくれた。委員長のおじいさんが俺と前島に向かって、まるで必死になって笑顔を浮かべているような表情で言った。
「君たち。またいつでも気軽に遊びに来なさい。今度は友達も連れて。遠慮は要らんからね」
 その人たちはビルの入口まで俺たちを見送って、その間何度も俺と前島を引き留めようとしたが何とか断って、外の通りへ出た。地下鉄の駅に向かって歩き出し、角を曲がって日教連本部の建物が視界から消えた途端、前島が道路の端にぺたんとしゃがみ込んでしまった。
 俺が腕をつかんで助け起こすと、前島は真っ青な顔で肩で息をしながら、冷や汗を流していた。どうやら極度の緊張から解放された途端に半分腰が抜けたような感じになっちゃったらしい。それは無理もないと俺は思った。正直言えば俺だってその場にへたり込みたい気分だったからだ。
 なにせ、俺たちにとっては学校という絶対的な権威の、それを全国的に支配している巨大組織の中枢から無事に出て来られたんだから。けど、あれは一体何なんだ?どう考えても学校教育現場を自由自在に操っている不気味な政治勢力とか、そんな雰囲気じゃなかったぞ。
 上条さんが心配して前島を助け起こすのを手伝った。
「あら、大丈夫?気を張り詰めすぎて、気が抜けちゃったみたいね」
「あれは何ですか?」
 前島は弱々しい声で上条さんに言った。
「あれは一体何だったんですか?」
 上条さんは平然と答える。
「だから最初から言ってるでしょ?あれが悪の大魔王の本拠地、日教連総本部よ」
 俺もその言葉には納得できなかった。
「いや、なんか変じゃないですか。あれの一体どこが……」
 だが上条さんは少し先にある喫茶店を指差して、俺の声を遮った。
「この暑い中立ち話もなんでしょ?あそこでゆっくり話しましょうよ」