数学魔女を壁に押し当てた岡部の背中。


後ろから見た感じ、先ほどまでキスでもしていたようにさえ見えて。


あたしに話って、このこと?


こんなものを見せられるために、あたしは呼ばれたの?


ゆっくりと岡部はこちらを振り返り、

驚いたような瞳であたしを捕らえて。


瞬間、その瞳を睨み付けた。



「見せつけてんじゃないわよ、目障りだから。」


頭で考えるより先に、言葉が口をついていて。


心底岡部に対し、嫌悪感を抱いてしまう。


こんなヤツに謝ろうとしていた自分は、なんて馬鹿だったのだろう。


だけどこの状況は、逆に利用出来るから。



「…バラされたくなかったら、二度とあたしに話し掛けないで。」


「―――ッ!」



その汚い手で、二度とあたしに触れないで。


目を見開いているその顔は、ひどく滑稽に思えて仕方がない。


当然だろう。


だってあたしは、この男の弱みを握ったのだから。


数学魔女だってそうだ。


もぉ二度と、こんな女に侮辱されなくて済むのだと思うと、

笑いさえも込み上げて来て。


そのまま背中を向けあたしは、

一歩も足を踏み入れなかった英語科資料室の前から立ち去った。


気付けばもぉ、太陽の半分以上は顔を隠していて。


世界は闇へと侵食され始める。


傷つきたくなんてなかった。


アイツに傷つけられたなんて、思いたくもなかった。


あたしは今までも、そしてこれからも。


ひとりで生きていけるんだから。


あんなヤツ、いらないんだ。