だけど一之瀬は
今にもキスしそうなくらいに
顔を近づける。
魅了されてしまいそうな
その表情に。
甘い一時を感じる。
一之瀬の顔は
あの頃より成長していて。
彼の大人になった姿が
楽しみになるほどの美しさだった。
「ねぇ。俺の女になってよ」
嬉しくない訳ではなかった。
けれどここで本当に
彼と付き合って私は
幸せになれるのだろうか、
と考える。
川上を一途に思おうとする
この心を、甘やかすような。
今だけを考えていればよいのなら
私は間違いなくYESと言う。
よく考えれば一之瀬は
ずっと私と過ごしていたし
私とも気が合うし、仲も良い。
それに金持ちなら
私を幸せにしてくれるのではないか。
川上を忘れ、この人を想う人生を
歩んでもいいのでは
ないかとさえ考える。
………だけど。
……………だけど違うんだ。
冷静になり、色々な計算を
頭の中で繰り広げていく。
私と一之瀬が付き合ったら
どうなるか。本当にそれで
幸せを掴み取れるのか。
「ごめん、一之瀬」
一之瀬の瞳が切なく揺らぐ。
「………どうして?
俺じゃ嫌?
金なら沢山ある。
何でも欲しいものあげられるよ。
俺なら……お前を、
美佐を幸せにする事が出来る」
かつて言っていたように彼は言う。
金さえあれば、何でも手に入ると
勘違いしているこの少年に
私が、私自身で
世の中というものを教えてあげよう。
本当の愛というものも。
「ごめんね、一之瀬。
一之瀬の言う事は
確かに凄く魅力的。
誰でも喜ぶだろうし、
私だって夢かと想うくらい嬉しい」
「だったら……――」
「でもね。
金さえあれば
何でも手に入るって考えは
思い切り間違ってるよ。
金で手に入る女の子は
いない訳じゃないけど
皆がそうって訳じゃない。
私は、金なんて物に汚されてない
純粋で、一途で、
ズタズタになってまで欲するような
そんな相手が欲しい。
金で私の心は買えない。
例え身体が買えたとしても」
一之瀬の目を確かに見てそう告げる。
けれど一之瀬は
面白そうにくつくつと笑う。

