『それに、これでも、気が早くはないのよ?』
「え?」
『本当に気が早いのであれば、乃梨子がまだ幼いころに、許婚も決めているのではなくて?』
「あ・・・」
そう。
普通なら、乃梨子に許婚という存在がいてもおかしくはないのだ。
だが、美佐子はそうはしなかった。
乃梨子の人生は乃梨子のモノであって、家紋で縛りつけてはならないと、思ったからだ。
その考えを、泰蔵はあまりよく思ってはいないが。
逆に泰蔵は、乃梨子に後を継いでほしいと思っている。
乃梨子を、次の家元に、と。
そうであれば、乃梨子の隣にいるべき者は、限定されてくる。
乃梨子の夫は、家の者が決めなければならないのだ。
『せっかく、乃梨子には新しい出会いの可能性を与えているのだから、活用して頂戴。素敵な方と出逢い、恋をして、成長していってくださいね。』
「母上…。その言葉、一生忘れません。」
『フフ、これは親として、当然のことです。御気になさらずに。』
この日、乃梨子は改めて、美佐子の想いを心に咎めたのだった。

