桃屋の主人の告白。

わたしはこの年になるまで身を粉にして働いてきました。
一から始めるのには想像を絶するほどの苦労がありましたが、ここまで店を大きくする事ができました。

わたしは妻を今でも愛しています。
妻もきっとわたしを愛してるでしょう。
しかし、妻は太郎を愛せませんでした。

太郎が怖かったのです。

あの子は生まれてくるなり、産婆さんに言いました。
「気安く俺の身体を触ってんじゃねえ」と。

あまりの事に産婆さんが太郎を落としそうになりましたが、事なきを得ました。

今思えば、あの時、太郎を落としてさえいれば……。悔やんでも悔やみきれません。

あの子は成長に伴いとんでもない悪しき力を得ました。
万物の声を聞けるのです。

始めは犬でした。
わんわんわわ~んわんわんわん。

次は猫でした。
にゃんにゃんにゃにゃ~んにゃんにゃろめ。

そして、最近では異国の言葉です。

ある日、異国の船がこの村の奥の奥にある鬼が島に漂着しました。どうやら難破したようです。
そこの一人の男性が村の酒屋に訪れた時の事です。

男はぺらぺらと自国の言葉を話し見た事もない金貨を酒屋のご主人に渡しお酒を何本か持って帰ろうとしたのです。

本物か偽物かわからないような金貨を受け取る訳にはいきません。
酒屋の主人はたいそう困り果てていたのですが、偶然居合わせた太郎がその男の国の言葉を話し出したのです。

男は大喜びし、感謝し、太郎に金貨を渡しました。酒代は太郎が立て替えました。
と言ってもわたしのお金なのですが。

わたしは太郎を叱る事ができませんでした。
怖かったのです。

仏様お願いです。

この家を出た妻に戻ってきて欲しいとまでは言いません。
太郎をどうか、どうか太郎をこの村から追い出して下さい。

わたしの願いはそれだけでございます。