『ここの県名は?』
『北海道』


『このペンで【あ】と書いて。』
白衣姿の医者は女の子にいくつかの質問の後に蓋の付いたペンと紙を手渡した。


女の子はそれを手に取り、ペンの蓋をあけて紙に【あ】と言う字を言われた通りに書いた。


::::::::::::::::::::::

『うーん、どうやら部分的に記憶が無くなっているみたいですね。』


『部分的に?』
そう聞き返すのは、口に手をあてて今にも泣き出す寸前の彼女の母親だった。


『記憶喪失には2つのパターンがあり、全ての記憶つまり日常生活のいろいろな仕方が無くす場合と、部分的つまり日常生活の仕方は覚えていても自分や周りの人を忘れてしまう場合です。』


『どうやら、柚花さんはその後者の方ですね。』


『そんな……、柚花ちゃん。俺の事、本当に覚えてないの?』
悲痛な顔で彼女を見つめる。


『……ごめんなさい。何も分からないの。私が誰なのかも。貴方も、私のお母さんと言う貴方も。』
光のない目を顔ごと下にむける。
自分の置かれている状況と何もかも分からずに不安になる。
それが彼女を苦しませていた。


彼女の言葉を聞いた母親は遂に泣き叫んだ。


落ち着いて下さい。そう看護師が母親を慰めるために背中をさすった。

『非常にお辛いと察しますが記憶を戻すために頑張りましょう。』
医者はそう言葉を投げかけた。


『思い出すのはだいたいどれくらいですか?』


『それは分かりません。明日には思い出すかもしれませんし、10年たっても思い出さないかもしれません。』


『そんな……。』
彼の弱々しい声を聞き、医者は勇気づけるようにつけたした。


『記憶が戻るようにいろんな事を教えて、思い出の場所に連れて行いけば早く思い出せるかもしれません。』