「お嬢様」


 暖かい重箱に入った弁当とティーセットを片手に大木の丘を上る。

 あろう事か、お嬢様は一人の若い男性と親しげに話していた。



「あっ! 執事さんですか、こんにちは」


 彼は、慌ててその場で挨拶をする。


「こんにちは」


 左手に光る指輪から既婚者だ。


「柏原、棗先生よ。理事長からの差し入れ届けてくださったわ」


 お嬢様はニコニコと菓子折りを持ち上げた。



「さようでございましたか。ありがとうございます。
 よろしければ先生もご一緒にいかがですか?」


 社交辞令だぞ? 一応言ってやっただけだ。

 空気読んで早く立ち去れよ。


 彼女は、俺と二人で花見をしているんだから……


「め、滅相もない。せっかくですが、失礼します」


 中々利口だな。



「あら、残念。先生、ごきげんよう」

 手を振るお嬢様を見て、安堵のため息を吐き出した自分に唖然とした。



───俺は今、何をした?



「うわっ! 胡蝶庵のお弁当だ~美味しそうね! 柏原、ありがとう。一人じゃ食べきれないから、一緒に食べましょう。

 今日だけは、特別よ」