篠原班長は、それから三日間、会社を休んだ。
初日は誰も何も言わなかったのだけれど、でも二日目に「篠原班長は辞めるのかもしれない」と言い出したやつがいて、三日目には「辞めるのかも」が「辞めるらしい」になっていた。
何を考えているんだ、あの仕事馬鹿は。
「はぁ……」
山辺さんに聞こうかと、どれだけ思ったかわからない。
だけど、俺は篠原班長にとってはただの部下なわけで、ふたりのプライベートな話に土足で足を踏み入れてもいい確固たる理由が見つからなかったのだ。
っていうか、正直、真実を聞くのが怖いという方が正しいのかもしれない。
山辺さんはよくも悪くもいつも通りで、特に浮かれている様子もなければ、落ち込んでいる風でもなくて。
何ひとつ顔に出さないなんて、どんだけすごい人間なんだっつーの。
「沖野くん」
はっとした。
凝視していたら、まさかの山辺さんから声を掛けられたから。
「俺が篠原に貸してた資料、知らない? 黒いバインダーのやつなんだけど」
あんたそんなもん、直接本人に電話で聞けよ。
それとも振られたか?
いや、会社だからわざと篠原班の俺に聞いてるのか?
この三日間、勘繰ることしかできなかった俺。
「それだったら、多分、……ありました。これですよね」
「ありがとう。助かったよ」
本当に、あの日のことなど何もなかったような顔でにこやかに笑う山辺さん。
ムカつく。
この爽やかさすら腹立たしい。


