伊坂商事株式会社~社内恋愛録~

篠原班長は、俺の胸の中で、大きく深呼吸し、



「聞いてたんでしょ、今の」

「すいません」

「やだなぁ。宮根以外に知られるなんて思いもしなかった。おまけにこんな場面まで見られちゃって、私、いよいよ上司としての威厳ないね」


トマトが嫌いなやつのどこに『威厳』があるというのか。

俺はちょっと笑ってしまう。



「何で戻ってきたのよ」

「上司思いの部下なんですよ、俺は。ついでだし、愚痴なら聞いてあげますよ」

「偉そうに」


篠原班長は俺を押し、体を離した。

そして、「今から私はひとり言を話すの」と言い、また深呼吸して、



「山辺くんは――雄二は、私が企画課に入ったばかりの頃から色々と面倒を見てくれてた先輩で。尊敬してた。変な意味じゃなく、好きだとも思ってた」

「………」

「雄二が班長になった時は、私も嬉しかった。山辺班の一員として、雄二と一緒に仕事ができることに、私は誇りすら持ってた」

「………」

「4年前のクリスマスに告白されたの。もちろん私はふたつ返事でオーケイしたわ」

「………」

「仕事も恋も順調そのものだった。だって、好きな人と同じところで、同じ目標に向かって頑張れるのよ。こんなに嬉しいことってないじゃない」

「………」

「でも、ある日、私が班長に指名されてから、状況が一変したの。恋人がライバルに変わった。私は戸惑った。でも、課長に認められたかった。だから仕事を優先させた」

「………」

「なのに、同じ立場になって、改めて雄二のすごさを知ったわ。下にいれば気付かないようなことだらけだった。同じ班長として、絶対に勝てないと思った」

「………」

「雄二は私に『変わったね』って言った。『前の亜里沙の方が好きだった』って。『亜里沙は女なのに、仕事を辞めて俺の帰りを待つ生活のどこがダメなの』って」

「………」

「私は結局、雄二を選べなかった。会社で私がしたかったことをしながら上に行く雄二を、嫉妬しながら家で待つだけの生活なんて、できっこないって思ったから」

「………」

「雄二が悪いわけじゃない。私が悪いの。私がプライドを捨てられなかっただけなの」