「じゃあ、今回も、山辺班の企画で決めよう」
課長の言葉が、鼓膜の奥に残る。
篠原班長が今までで一番、気合いを入れた企画は、結局、最終候補にも残されないまま、ボツになった。
これはさすがにあんまりだと思う。
「私もう辞めちゃおうかなぁ、仕事」
誰もいなくなったフロアでうな垂れる篠原班長。
ここまで弱気な台詞は、初めて聞いた。
「協力してくれた宮根にも悪いことしちゃったし。そもそも、私には班長なんて荷が重すぎるのかもね」
「何言ってるんですか、あんたは」
「友達はみんな結婚しちゃったし、私も主婦になろうかしら。実家の母もそれを望んでるわ。昨日も電話してきて『早く孫の顔が見たい』って言われたし?」
「………」
「っていうか、そうじゃなくて。私は結局、どうひっくり返ったって山辺くんには勝てない。だから、もう嫌なの。惨めなの。ほんと今日ばかりは思い知らされた」
ひとり言のような愚痴を連ねる篠原班長。
「あんたの努力には誰も勝てない」
「努力してたって、それが何になるって言うのよ!」
声を荒げて、でもはっとしたように篠原班長は、小さく「ごめん」と言った。
なのに、泣かない。
俺にどれだけ弱音を吐いたところで、一番の弱さだけは見せようとしないんだから。
「飯行きません? 俺奢りますよ。班長の好きな、しゃぶしゃぶの美味いとこがあるんです」
「お願いだからひとりにしてよ。私、これ以上、沖野くんに当たり散らしたくないの」
「そんなもん、今更でしょうが」
と、言ってはみたものの、今までと今日がまるで違うことはわかっている。
篠原班長は、顔を覆った。
肩で息をしながら、必死で何かをこらえていた。


